2010年12月01日

インバル&都響のブルックナー

11月30日は都響のサントリー定期。プリンシパルコンダクターのインバルが登場ということで、渋めの曲目にもかかわらず9割以上の入り。

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番(Vn:四方恭子)
ブルックナー:交響曲第6番(1881年ノヴァーク版)

まず前半はモーツァルト。数あるヴァイオリン協奏曲の中でも、最もチャーミングな魅力に溢れるコンチェルトだと思う。ソリストは、都響コンマスの四方恭子。彼女が都響定期のソリストとして登場するのはたぶん初めて。ワタシ的にも、彼女のソロに本格的に対峙するのは今回が初めてだ。

で、四方のソロは、どこかほのかに演歌的。ちょっと憂いのある音色、わずかにコブシを感じさせる歌い回し。それは極端な表現ではないけど、そんな微妙な表現の中に、ただ流麗なだけではないコダワリがあるのかもしれない。オケはごく真っ当なモーツァルトの流儀で演奏しているので、ソリストとの微妙なギャップも感じたけど、よい意味でそれがスパイスとなったと思う。それにしても、久々に聴いたモーツァルトの第3ヴァイオリン・コンチェルト、・・・やっぱり良い曲だね。

後半はブル・ヲタ垂涎の6番。ブルックナーの中でも演奏頻度が少ないこの曲は、ワタシも確か2回目の実演だ。

インバルの実演は例の如く、非常にテンションが高い。オケを弓に例えれば、その弓を限界点まで絞るようなテンションを要求し、一歩間違えればオケが崩壊するかのようなところまで追い込む。今日のブル6もそれに近い演奏だった。研ぎ澄まされたppから俊敏に立ち上がるffのダイナミズム、明晰なリズム感、・・・そこから演奏されるブルックナーからまず感じるものは、なによりも力強さ、そして生命力、荒々しさ。荒々しさといってもアンサンブルのことではない。アンサンブルは高い次元で整っているけれど、インバルが求めるテンションの高さゆえに生命力の強さ=荒々しさとして感じるのだ。

都響は、インバルの指揮に応え、とても良い演奏。特にホルンの引き締まった音は、これまでの日本のオケからはなかなか聴くことの出来なかった水準。定評ある弦楽器はもとより、木管、金管にいたるまで、ほとんど問題なし。終演後のインバルの笑顔も、とても満足げ。ブルックナーというと枯れた演奏が好まれる傾向にあるけれど、こういうブルックナーも悪くない、・・・つーか、この演奏は秀演ですた。満足ー!

posted by のら at 00:07| Comment(2) | TrackBack(0) | Information
この記事へのコメント
ふふふ
昨日のゲネプロのおかげですね(にやり
Posted by じゃすみん at 2010年12月01日 00:11
おかげで演奏中、眠れませんでしたw
Posted by のら at 2010年12月01日 00:19
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