2006年02月05日

ゲルギエフの「指輪」

 先月のコンサート&オペラの中で、一番の注目モノだったのはゲルギエフ&マリンスキー歌劇場の来日公演で、「ニーベルングの指輪」
だったろうと思う。ずいぶんと間の開いた更新になってしまったが、ちょっと一言残しておきたいと思う。私が行ったのは全部、第一チクルスで、
初日「ラインの黄金」がF席、残る3演目がE席だった。この4日間、すべてを見られたわけではなく、残念ながら「ワルキューレ」の第一幕、
「神々の黄昏」第一幕は、もろもろの都合で見逃している。


 で、見た感想はどうだったかというと、・・・・何が言いたいのか、よく解らない公演だったということだ。
舞台写真を見た人ならわかると思うけど、ナウシカにお出てくる4つの「巨神兵」みたいな像が舞台装置の中心で、それ以外の動きは乏しい。
外貨獲得のための海外引越し公演を前提とした舞台装置という気もしてくるほどシンプルで、神々の世界も、ニーベルングの世界も、
基本的には同一の舞台装置である。照明などで工夫の跡は見られるものの、東京文化会館程度の一面だけの舞台でも十分なのだ。


 もちろん、シンプルな舞台装置でも良い演出はたくさんある訳で、それだけで評価をきめるのは早計だ。しかし、この舞台装置、衣装、
演出から伝わってくる「哲学」みたいなものは、「神々の黄昏」を見終わっても、まったく伝わってこなかった。「は? 何が言いたいの?」
という感じ。この公演のチラシなどに書かれていたキャッチコピーは「衝撃のリング」というものだったと思うが、正直言って「衝撃」
など何もなく、ただの拍子抜けだったのである。もちろん、私の読みの浅さなどもあるだろうし、
見る人が見れば違う感想もあるのかもしれないが、ワーグナーのオペラを見終わった後に特有の「カーテンコールの熱烈さ」も、
あまり見られなかったところから察すると、私と同じような感想を抱いた人も多かったのではないだろうか。


 あと、ゲルギエフの指揮も、「拍子抜け」の原因のひとつである。オケはそれほど下手なオケではないし、
まずまずの演奏だったと思うが、何よりも不満だったのはワーグナー特有のうねりが感じられなかったこと。
もっとねちっこく演奏してほしいと思うところでも、意外なほどあっさりと演奏してしまうのである。
歌手ではミーメを歌った人が素晴らしかった記憶があるほかは、飛びぬけた存在はいない。でも、
日替わりで登場する歌手たちはそれぞれ一定の水準をキープしており、ロシア圏だけでこれだけの層の厚さを誇れるのはうらやましいと思う。


 そんなわけで、特別の感慨もなく「リング」を見終わってしまったわけだけど、それにしても「リング」の上演が「日常」
の一部になってしまったなぁ・・・というのが一番の感慨かもしれない。十数年前だったら、リングのチクルス上演と聞いたら、
それはひとつの事件だったのに。これは喜ぶべきことなのか、それとも・・・(^_^;)。


 

posted by のら at 11:56| Comment(0) | opera
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