ワタシがはじめて行った来日オペラは、かれこれ??年前のボリショイ・オペラ。そのときは「ボリス・ゴドノフ」、「エフゲニー・オネーギン」、そしてR・コルサコフの「金鶏」の3演目を観たような記憶がある。まだベルリンの壁が崩壊する前で、ボリショイオペラは伝統的な演出で重厚な舞台装置、豪華な衣装と、当時のソ連の底力を示していた。しかし、その直後、ソ連の社会体制が崩壊し、ボリショイ劇場もしばらくは低迷期を迎えたのだろうか、その後のボリショイ・オペラは目先の斬新さばかりを狙った演出が目立ち、むしろゲルギエフに率いられたキーロフ歌劇場(マリインスキー歌劇場)に注目が移っていった。
今回は、久しぶりのボリショイ・オペラの来日公演は、チャイコフスキーの2演目。主催のジャパンアーツは集客には相当苦労したみたいで、会員向けにかなりも割引のチケットが用意されたにもかかわらず、NHKホールと東京文化会館にはかなりの空席が目立った。
2009年6月21日(日) 14:00〜17:30
チャイコフスキー 「スペードの女王」 3 幕 7 場
音楽 : ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
台本 : モデスト・チャイコフスキー
アレクサンドル・プーシキンの同名の小説に基づく
音楽監督 : ミハイル・プレトニョフ
演出 : ワレリー・フォーキン
舞台装置 : アレクサンドル・ボロフスキー
合唱指揮 : ワレリー・ボリソフ
照明 : ダミール・イズマギロフ
振付 : セルゲイ・グリツェイ
指揮 : ミハイル・プレトニョフ
[ 出 演 ]
ゲルマン : ウラディミール・ガルージン
トムスキー伯爵(ゲルマンの友人) : ボリス・スタツェンコ
エレツキー公爵(リーザの婚約者) : ワシリー・ラデューク
伯爵夫人(リーザの祖母) : エレーナ・オブラスツォーワ
リーザ(伯爵夫人の孫娘) : エレーナ・ポポフスカヤ
ポリーナ(リーザの友人) : アンナ・ヴィクトロワ
マーシャ(リーザの召使) : アンナ・アグラトワ
チェカリンスキー(ゲルマンの友人の近衛仕官) : ヴャチェスラフ・ヴォイナロフスキー
スーリン(ゲルマンの友人の近衛仕官) : ヴャチェスラフ・ポチャプスキー
ナルーモフ(ゲルマンの友人の賭博師) : ニコライ・カザンスキー
チャプリツキー(ゲルマンの友人の賭博師) : ユーリー・マルケロフ
家庭教師 : エフゲニア・セゲニュク
式典長 : セルゲイ・オルロフ
ミロヴゾール(劇中劇のダフニス) : アンナ・ヴィクトロワ
ズラトゴール(劇中劇のプルートー) : ボリス・スタツェンコ
プリレーパ(劇中劇のクロエ) : アンナ・アグラトワ
児童合唱 : 杉並児童合唱団(合唱指揮:津嶋麻子)
ボリショイ劇場管弦楽団・合唱団
【上演時間】 約3時間30分 【終演予定】 17:30
第1幕 (第1場・第2場) ・第2幕(第3場)100分
-休憩 30分-
第2幕 (第4場)・第3幕(第5場・第6場・第7場) 70分
まず「スペードの女王」だが、印象に残ったのはガルージンの劇的な歌唱のド迫力と、かつての名歌手オブラスチョーワの圧倒的な存在感だ。ガルージンは、たぶんこの役を演じさせたら、この人の右に出る人はいないだろうと思うほど、正気を失ったゲルマンになりきっている感じがする。オブラスチョーワは、とっくに第一線から引退した人だと思っていたけど、カードの秘密を握る伯爵夫人を演じさせたら、ものすごい迫力を感じさせる。他の歌手も悪くなかったが、圧倒的な存在感を感じさせたのは、この二人だ。プレトニョフが振るボリショイ劇場管弦楽団も、昨年のボリショイバレエのときよりもアンサンブルが整った良い演奏を聴かせてくれた。
しかし、残念ながら演出は面白くない。一貫して、橋をモチーフにした2階建て構造のステージで舞台が進むのだが、舞台設定を抽象化しすぎ。この舞台装置を一貫して使うことによって、登場人物や物語の新たな側面が見えてきたかというと、そんなところは全然なくて(私だけか?)、全体を通してみると演出家の頭の中で自己完結しているだけで、観客の立場からすると演出家の自己満足につき合わされているだけ、という感想を禁じえなかった。
2009年6月25日(木) 18:30〜21:40
チャイコフスキー 「エフゲニー・オネーギン」 叙情的情景 全7場
音楽 : ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
台本 : ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
コンスタンチン・シロフスキー
アレクサンドル・プーシキンの同名の長編詩に基づく
音楽監督 : アレクサンドル・ヴェデルニコフ
演出 : ドミトリー・チェルニャコフ
舞台装置 : ドミトリー・チェルニャコフ
衣装 : マリア・ダニロワ
照明 : グレブ・フィルスティンスキー
合唱指揮 : ワレリー・ボリソフ
指揮 : アレクサンドル・ヴェデルニコフ
[出 演]
ラーリナ(地方の女地主) : イリーナ・ルブツォワ
タチアーナ(ラーリナの姉娘) : エカテリーナ・シチェルバチェンコ
オリガ(タチアーナの妹) : スヴェトラーナ・シーロワ
フィリーピエヴナ(タチアーナの乳母) : イリーナ・ウダロワ
エフゲニー・オネーギン(レンスキーの友人) : ワシリー・ラデューク
レンスキー(オリガの婚約者) : ロマン・シュラコフ
グレーミン公爵(熟年の貴族/後のタチアーナの夫) : アレクサンドル・ナウメンコ
ザレツキー : ワレリー・ギルマノフ
ボリショイ劇場管弦楽団・合唱団
【上演時間】 約3時間10分 【終演予定】 21:40
第1幕・第2幕 120分
- 休憩 30分 -
第3幕 35分
この「オネーギン」はスバラシイ舞台だった。なんの予備知識もなく、この舞台を見に行ったんだけど、最初の場面から巨大な楕円形のテーブルに30人以上の人たちが賑やかに食事をとっているシーンから始まるのにビックリ! タチアーナもその円卓の中の一人なのだが、ここは自分の居場所ではないと言いたげな様子。この楕円形の巨大なテーブルは、終幕まで一貫して使われているのだが、常にこのテーブルは社会やコミュニティを象徴している。
最初のシーンでは、地主のラーリナを中心とした社会を示し、終幕では豪華な食事をとりながら歓談している貴族社会を表す。そして、最初はタチアーナが社会に馴染めなかったのに対し、最後はオネーギンが貴族社会に拒絶されて入り込めない様子が描かれる。この円卓を用いることによって、その人間関係を浮き彫りにし、象徴化する効果を生み出している。実に素晴らしいアイデアだ。豪華な舞台装置、本物志向の調度品、円卓の皿の上の食事のほとんどはホンモノのデザートが用意されていると思われ、視覚的にも十分に楽しめる。
印象に残った歌手は、レンスキーを歌ったシュラコフ。柔らかい歌声と、この物語のさまざまな動機を描き出す演技力は見事。傑出した歌手はいなかったが、どの歌手も水準を超えているし、何よりも演出の意図が貫かれていて、演技力がヒジョーに高い。その意図は合唱団の隅々にまで徹底されているし、ロシア的な空気感を感じさせる重心の低い合唱は、ボリショイならではのもの。
ワタシがこれまでに観たオネーギンの中では、文句なくナンバーワンの舞台。やや管弦楽が荒さを感じられたのがザンネンだったけど、その程度のことは問題にならないほど、良い舞台だったと思う。