3月14日(土)、かねてから念願だった「カルメル会修道女の対話」を、新国立劇場の中劇場で再び見ることができた。前に見たのは、今から11年前の1998年9月、松本で行われたサイトウキネン・フェスティバルだったが、そのときの衝撃と感動は今でも忘れられない。
その時以来、「もう一度、このオペラを見たい」と念じてきたのだが、今回の公演はオペラ研修所の公演ということもあり、ちょっと二の足を踏んでいたのだが、当日になって予定が空いて劇場に電話したら当日券が一枚だけ残っているとのこと。迷わず最後の一枚を予約して、初台に向かったというワケ。劇場に着くと当日券売り切れでキャンセル待ちをする人もいるほどで、会場はもちろん満員!若手の研修公演としては異例の注目度ではないだろうか。
さて、この演目は、フランス革命の中で弾圧されたカルメル会修道女たちが、自らの信教を守るために処刑されてしまうのがストーリーの要旨であり結末だが、このオペラはそこに至るまでの修道女たちの心の揺れ動きが焦点となっている。日本人にはなかなか殉教をテーマにした作品は馴染みにくいかもしれない。日本でも遠藤周作原作の「沈黙」というオペラもあるけど、これもキリスト教をテーマにした作品だ。美しいアリアなどはないものの、20世紀の作品としては音楽はとても平明だ。
研修所の公演ということもあり、サイトウキネンのときと比べるまでもなく舞台装置は簡素だが、照明が巧みに使われていて不足感はない。この演目は、修道女たちの微妙な心の揺れ動きがテーマなだけに、むしろシンプルな舞台装置のほうが望ましいかもしれない。
それにしても、この日の公演は、研修所の公演というレベルを超えて、とても深い感動を聴衆に与えたと思う。歌唱に神経が行き過ぎるあまり演技がぎこちなくなってしまう一面も垣間見えたが、丹念なレッスンを積み重ねた成果は特筆すべき水準を獲得していたといってよいのではないか。でも、念のため言っておくけど、もちろんSKFの方が私の中では圧倒的に上であることは言うまでもない、・・・・けど、日本人の若手を主体とした上演でこれだけのレベルの上演に出会えるとは思っても見なかった。。中ホールという小さな空間だけに、声量的には大きな負担がなかったことも幸いしたのかもしれないが。
まずはブランシュを歌った木村眞理子、役柄になりきって微妙な心理のゆれ動きを再現する演技も素晴らしく、この日、一番印象に残った歌手だ。そしてコンスタンスの山口清子、快活な修道女を演じる演唱もブランシュと対照的で、その心理的なコントラストを明確にして見せてくれた。マザー・マリーを演じた塩崎めぐみ、マザー・ジャンヌを演じた小林沙季子も印象深い。管弦楽では、中ホールのオケピットの狭さ=編成の小ささが原因だと思うけど、弦楽器の音量が不足していて、細やかなニュアンスが伝わらないもどかしさを感じたものの、まずまずの水準。
最後に、11年前にワタシが書いた文章を一節。
修道女たちは捕らえられ、裁判で断頭台に送られることが決まる。十数人の修道女たちが「めでたし、天の元后」を歌いながら断頭台に進んでいく。断頭台への13階段は金色の神への国への入り口のようにも描かれているが、ギロチンの音がするたびに修道女たちの合唱の声が減っていく劇的効果は、いかに言葉にすればいいのか。死を恐れるのも自然な感情であるならば、仲間の死を見過ごせないのも社会的存在である人として自然な感情であろう。「個の存在」としての感情と「類」の存在としての感情の相克、その二律背反の中で、ブランシュは自らの死を決意する。群衆の中で処刑を見ていたブランシュは友人の修道女コンスタンスに続いて断頭台に上り、「来れ、精霊」の最後の一節も途切れ、沈黙がホールを包み込む。このラストシーンを見て、誰が拍手することが出来ようか? すべてがレチタティーヴォでつながれていて、耳に馴染みやすいアリアなどは一切無し。決して難解な音楽ではないけれど、緊張感ある音楽が続いて、前半はいささか説明的過ぎるのでは・・・と思ったけど、ラストのシーンを見ると、そのすべてが必然性で溢れ、一切の無駄がないようにすら思えてくる。
今回の舞台では、13階段はなく、舞台奥にいる修道女たちが一人づつ前に進み出て、ギロチンの音とともに修道女たちが崩れ落ちる。最後にコンスタンスが断頭台に進み出るときにブランシュが舞台脇に現れて、コンスタンスの後に続く・・・。そして沈黙。
終焉後のカーテンコールは、もはや研修所の発表会というレベルを超える評価だったと思う。できれば、大ホールでこの演目を見たいものだ。
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【作曲】F. プーランク
【台本】ジョルジュ・ベルナノスによるテキストより
【指揮・音楽指導】ジェローム・カルタンバック
【演出・演技指導】ロベール・フォルチューヌ
【ヘッド・コーチ】ブライアン・マスダ
【管弦楽】東京ニューシティ管弦楽団
ド・ラ・フォルス侯爵 岡 昭宏(12・14日) 駒田 敏章(13・15日)
ブランシュ・ド・ラ・フォルス 木村 眞理子(12・14日) 上田 純子(13・15日)
騎士 糸賀 修平(12・14・15日) 城 宏憲(13日)
マダム・ド・クロワッシー 茂垣 裕子(賛助出演/12・14日) 小林 紗季子(13・15日)
マダム・リドワーヌ 高橋 絵理(12・14日) 中村 真紀(13・15日)
マザー・マリー 塩崎 めぐみ(12・14日) 堀 万里絵(13・15日)
コンスタンス修道女 山口 清子(12・14日) 鷲尾 麻衣(第7期修了生/13・15日)
マザー・ジャンヌ 小林 紗季子(12・14日) 茂垣 裕子(賛助出演/13・15日)
マチルド修道女 東田 枝穂子(全日)
司祭 中嶋 克彦(12・14・15日) 糸賀 修平(13日)
第1の人民委員 村上 公太(第6期修了生/全日)
第2の人民委員 駒田 敏章(全日)
看守 近藤 圭(全日)
ティエリー(従僕) 能勢 健司(全日)
ジャヴリノ(医師) 能勢 健司(全日)
役人 駒田 敏章(全日)