2009年03月01日

ジャン・フルネ追悼コンサート

2月26日(木)、池袋の東京芸術劇場で行われたコンサートに行ってきた。昨年11月3日の亡くなった都響名誉指揮者ジャン・フルネ氏を追悼するための追悼コンサートだ。急に決まったコンサートのため、割安のチケット価格にもかかわらずセールスには苦労したみたいだけど、当日は約9割程度の入りになった。

指揮:ガスパール・ブレクール=フルネ(ビゼー)
指揮:小泉和裕(ベートーヴェン)

ビゼー:交響曲第1番 ハ長調 
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 変ホ長調 作品55

コンサートに先立ってフルネ氏の妻ミリアム・ジェイクス・フルネ夫人への名誉指揮者称号授与式。オケのメンバーも見守る中、鳥海理事長からミリアム・ジェイクスさんに称号が授与され、そして涙で言葉を詰まらせながらの挨拶は感動的だった。

当日配布されたプログラムには、フルネ&都響の演奏史が掲載されていたけど、ワタシがフルネ氏の演奏に初めて接したのはたぶん1988年の都響定期のハズ。そして、一番心に残っているのは1993年11月7日のブラームスの交響曲第4番、そして同年同月12日のドビュッシー「聖セバスチャンの殉教」だ。私の記憶のはにでは、この時期がフルネ&都響の絶頂期なのではないかと思っている。あの端正で気品あるブラームスの4番を超える演奏には、世界のどの指揮者・オケからも聴くことはできないだろうと思うし、あの官能的・神秘的な空気管を湛えた「聖セバスチャンの殉教」に出会うことはできないだろう。私の音楽人生の中で、フルネはとても大きな存在だった。

ビゼーの交響曲は、作曲者が17歳のときの習作。しかし、古典的な交響曲という様式の中にロマン派の楽想が満ち溢れ、雰囲気としてはストラヴィンスキーの古典交響曲を先取りしているとも言える。のちの管弦楽への萌芽を感じさせる作品だ。オケの編成は10型で、音楽の縦の線がきっちりと整った、恰幅の良い演奏だ。ビゼーだったら、もう少し流麗に指揮したほうが華やかな演奏になってウケルと思うけど、こういうスケール間がある演奏も悪くない。

後半のベートーヴェンは、オーソドックスな演奏。弦楽器のボウイングを見ても都響の気合の入れ方は尋常じゃないレベルだが、決して演奏は乱れない。第2楽章の葬送と、第4楽章の推進力あふれる演奏は聴き応えのあるものになった。

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Opera @ La Cittadella

川崎駅東口で、イタリア風の街並みのラ・チッタデッラでは、毎月1回、オペラアリアのフリーコンサートが行われている。昨日も通りかかったら、噴水広場でコンサートが始まったばかり。コンサートは午後6時から30分くらい。声はPAを使っているし、伴奏は電子ピアノなので、本格的なオペラとはちょっと勝手が違うけど、こういう屋外のイルミネーションの中で聴くオペラアリアも良いものだ。

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写真は、Nikon D700 & Tamuron SP 17-35mm。iso1600まで増感。レンズはf5.6まで絞っているので、周辺までそこそこ解像してくれている。

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2009年03月02日

高田馬場の猫カフェ その1 「ねこJa・La・La」

このところ猫カフェ・シリーズの掲載をお休みしていたけど、実際のところは少しずつ新しい店を開拓していて、高田馬場に行ったついでに同所にある2店を同時にマーキング?してきたのは昨年末のこと。この2店間の距離は、わずか50mほど、歩いて30秒ほどなのでハシゴするのも簡単ナノダ。

まずは「ねこJa・La・La 2号店」は、すでに秋葉原にある本店で人気を集めている店の2号店で、このブログでも紹介済み。ビルの4階にあるんだけど入り口はとってもわかりにくいので、あらかじめ地図での確認は必須だと思う。行ったのは休日の午後だったので、やっぱりお客さんは多め。それでも秋葉原店よりも数倍の面積があるので、狭さは感じない。秋葉原店の定員12人に対し、高田馬場は定員は22人ということになっているけど、まったり遊ぶには10〜15人程度が適当だと思う。

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上の写真に写っているのは、店の半分くらいの面積。清潔で、猫臭さもほとんど感じない。料金は、はっきりと覚えていないけど、一時間で千円ちょっとだったかな?それにドリンクが300円くらい。猫カフェとしては、標準的な値段である。

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店員さんもフレンドリーで、猫スタッフの特徴や性格なんかを話してくれる。

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店が広すぎると猫密度が低くなるし、狭いと客密度が高くなりすぎる。その意味では、この店はちょうどいい広さかも。

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猫種はいろいろ。美猫が多いのは、秋葉原店と同様だ。

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昨年9月に開店したばかりの店なので遊び盛りの猫が多い。おもちゃへの喰いつきもイイ。

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カメラはPanasonic DMC-G1 & 14-45mm。ローアングルの接近戦、つまり猫写真には最強のカメラだ。ただしレンズは暗いし、常用感度はIso800まで。この店はそこそこ明るいので大丈夫だけど、もう少し暗い店だとつらいかも。

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そんなワケで、店員さんもフレンドリーで親切だし、清潔だし、この店はオススメです。もうちょっと料金が安ければ言うことないんだけど、休みの日だから仕方がないかな。

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2009年03月03日

高田馬場の猫カフェ その2・・・「ぷうにゃん」

高田馬場の2軒目の猫カフェ「ぷうにゃん」で、2008年10月1日にオープン。「ねこJa・La・La高田馬場店」のわずか1週間後に開店したわけだが、これは偶然なのか、それとも猫カフェ密集地帯を作って集客を狙ったのかはわからない。場所は「ねこJa・La・La」よりも駅方向に50mほど歩いた場所にある。広さは、「ねこJa・La・La」の半分くらいかな?10人くらいでいっぱいという感じ。休日ということで、ちょっと混んでいた。

値段は1時間1,000円でドリンク込み。・・・・ドリンク込みといっても、出されるのは缶飲料だから原価は120円。まぁ、ドリンク目的で猫カフェに行く人も少ないだろうから、個人的には缶飲料でもかまわない。しかし驚いたことに、この店の店員の接客は、・・・・言いたくはないがちょっとヒドイ。ほとんど口をつけていない缶飲料でも、席をちょっとはずして猫と遊んでいるとさっさと黙って片付けてしまう。気が付いたらドリンクがない!!店員さんの目線も、かなり「管理」的な雰囲気で愛想が・・・・にゃい。お客さんに楽しんでもらおうという気持ちはあまり感じることができなかったのがあザンネン。

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店の雰囲気は、「ねこJa・La・La」とは対照的で、入店したのはもう薄暗くなり始めた午後4時過ぎだったからなのか外光を完全に遮光して、薄暗い人工照明のみ。経営している会社がレジャーホテル(ブティックホテル・ラブホテル)を経営している会社だからかなぁ?どことなくそんな雰囲気が漂う(爆)。暗いので猫の目はまんまるくなってカワイイのだが、写真を撮るのには、ちょっとツライ。

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キャットタワーの上で大あくび。この店も美猫が多いにゃ。

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この店のおもちゃの特徴は、大きなレジ袋があること。

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猫はレジ袋や新聞紙のガサゴソする音が大好きだし、狭いところに入る習性があるので、レジ袋を被せて遊ぶとオモシロイ。

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レジ袋に入ってご満悦にゃ。猫たちは文句なくかわいいし、店内はそれなりに清潔だと思われる。

でも、この店をオススメできるかというと、・・・・うーむだなぁ。猫がかわいいのはどの猫カフェでも当然なので、それ以外の加点ポイントがあるかどうかがポイント。しかし「ぷうにゃん」に関しては、ちょっと思い浮かばない。むしろ店員の接客態度などは、たまたまその時の店員さんだけなのかもしれないけど、やっぱ減点だと思う。猫カフェとは言えども、基本は人間スタッフなのだよ。

それに社長の言葉だと、首都圏最大の猫カフェ・チェーンの形成を目指しているとのことで、HPでも以前はフランチャイズ加盟店の募集を掲載していた。正直言って、こういう風に最初から「首都圏最大の・・・」みたいな拡大路線で猫カフェ経営に乗り出そうとするのは、ホントに猫たちを大事にしているのだろうかとの不安が付きまとう。

個人的には、高田馬場で猫カフェに行くのなら「ねこJa・La・La」の方に行きますヨ。

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2009年03月07日

ダニエル・ハーディング&新日本フィル

3月6日の金曜日は冷たい雨が降りしきる中、新日本フィルのトリフォニー定期演奏会で、フランスの名曲プログラムに行ってきた。指揮は、注目を集めているダニエル・ハーディングだが、ワタシ的にははじめて聴く指揮者。

ドビュッシー作曲 牧神の午後への前奏曲
ラヴェル作曲 ラ・ヴァルス
ベルリオーズ作曲 幻想交響曲 op.14

指揮:ダニエル・ハーディング

オケの配置は、1stと2nd Vnを左右に振り分ける古典的な対向配置で、Dbは1stの後ろに配置されるタイプ。「牧神・・・」は、最初のホルンから躓いてしまって、・・・こういう神秘的な雰囲気が漂う曲は演奏する側ももちろんだけど、聴き手の心の準備という点からもプログラムの最初というのは難しいような気もする。2曲目はラ・ヴァルス、こんな変態的な3拍子でどうやって踊るんだ!というツッコミを入れたくなるようなリズム感が心地よい(爆)。結局、この日のプログラムで一番良かったのは、この曲だった。

休憩後の「幻想」は、かなりアザトイ演奏。まずオケの配置は、前半と同じ対向配置なんだけど、ステージを見て驚くのはハープが指揮者の前に4本!!!どどーんと置かれている。2楽章の舞踏会のシーンで奏でられるハープは、ふつうは2本のはずだけど、左右に振り分けられていて、それが交互に演奏され、立体的な音響効果を生み出している・・・・はずなのだが、ワタシの座席位置だとその効果はいまひとつ(ザンネン)。ハーディングもいろいろな小細工を仕込んでくるんだけど、それが音楽的に効果をあげているかというと、ちょっとなぁ・・・・という感じで、音楽的なつながりだけでなく、音楽の持つドラマ性・ストーリー性までが希薄になってしまうのだ。

終焉後の客席はおおいに盛り上がっていたので、私のような感想は少数派かもしれないけど、個人的には好みの対応の指揮者ではないなぁ・・・。もしかしたら10年くらい前のワタシだったら別の感想を持ったのかもしれないけど。

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2009年03月08日

ワーグナー「ラインの黄金」@新国立劇場

3月8日(土)は、待望の「ラインの黄金」の再演初日。新国立劇場で創造されたプロダクションで、もっとも評価が高かったプロダクションだけに、ワタシ的にも再演を待ち望んでいた「ニーベルングに指輪」の幕開けだ。客席は、土曜日の公演ということもあって、ほぼ満席の盛況だった。

【作曲/台本】リヒャルト・ワーグナー
【指 揮】ダン・エッティンガー
《初演スタッフ》
【演 出】キース・ウォーナー
【装置・衣裳】デヴィッド・フィールディング
【照 明】ヴォルフガング・ゲッベル

【ヴォータン】ユッカ・ラジライネン
【ドンナー】稲垣俊也
【フロー】永田峰雄
【ローゲ】トーマス・ズンネガルド
【ファーゾルト】長谷川顯
【ファフナー】妻屋秀和
【アルベリヒ】ユルゲン・リン
【ミーメ】高橋 淳
【フリッカ】エレナ・ツィトコーワ
【フライア】蔵野蘭子
【エルダ】シモーネ・シュレーダー
【ヴォークリンデ】平井香織
【ヴェルグンデ】池田香織
【フロスヒルデ】大林智子
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

このTokyo Ringの「ラインの黄金」が初演されたのは、2001年のこと。いまから8年も前になるのだが、改めてみてもいささかも古さを感じない。現代的な演出だと、数年すると時代にそぐわなくなったり、古さを感じたりするものだけど、このキース・ウォーナーの演出は現代的でありながらも「抽象的」なので、短期間で朽ちてしまうような演出ではないのだろうと思う。で、8年前にこのHPで書いた感想がそのままあてはまってしまうので、再掲(爆)。

昨日(4/1)は新国立劇場が4年がかりで挑むワーグナーの超大作「ニーベルングの指輪」チクルスの初年度、「ラインの黄金」を観に行った。言うまでもなく歌劇場にとって「指輪」のプロダクションを持つことは一つのステイタスであり、今年度の国内で上演されるオペラの中でも最大級の注目を集めている上演である。残念ながらフレンツェ歌劇場の関係で3/30の初日公演を見ることは出来なかったけど、Aキャスト2日目の公演を見ることが出来た。

まず結論から言うと、この「ラインの黄金」は新国立劇場始まって以来、最高の成果を上げたといってよいのではないだろうか。昨年の「ドン・キショット」も新国の大きな成果に数えられることが多いけれども、あちらは輸入プロダクションという性格が強いので、私は新国の独自性の強い「ラインの黄金」に軍配を上げたい。
その最も大きな功労者は演出家のキース・ウォーナーである。これまでビデオで見てきたシェローやレーンホフなどの演出と比しても見劣りすることのない、・・・いやむしろウォーナー演出の方がより「現代社会」で共感を呼ぶことの出来るタイムリーな演出であろうと思う。

●第1場。
映像を多用するのは最近の演出の流行なので、特に珍しいことではないけれど、最初っからヴォータンが映写機の横に座ってなにやら映画を投影しているというシーンから始まる。そしてライン川のシーンは映画館の中という設定。川の流れはいびつな四角形のスクリーンに映し出される。アルベリヒは猿人の仮面で登場したけど、どういう意味かは不明。
ラインの乙女は最初、白くて小さなきぐるみの可愛い動きで笑わせてくれたけど、その後は白いミニのワンピースに変身。身をくゆらせたり、足を上げたりしてアルベリヒを誘惑し、ラインの黄金が映画のスクリーンに映し出されると白い競泳用の水着に水中メガネまでつけて登場。まるで競泳の表彰台で金メダルを受け取るか、シンクロナイズドスイミング風の動作が可笑しい。
黄金が登場する際のスクリーンには、なにやら数式らしきものがたくさん映し出され、黄金はジグソーパズルとして登場してくるが、なにやら暗号化された指輪のや隠れ頭巾の製造法を書いた設計図を象徴しているのかもしれない。愛を諦めたものだけが、そのジグソーパズル化された設計図をを完成することができるという趣向なのだろう。そしてアルベリヒが水の中に飛び込むと、彼はスクリーンの中で遊泳しているという趣向で、ジグソーパズルのひとつを抱えて、ヴォータンとすれ違う。

●第2場。
舞台は第一場のスクリーンと同じ形に切り抜かれた舞台の中で展開する。つまり先ほどの映画の延長線上というわけだ。ヴォータンの部屋は、ワルハラ城への引っ越しに備えたダンボールで置かれたきれいな事務所風の部屋。ヴォータンは過去の栄光にすがる実業家といった感じで、新築したワルハラ城の図面を見ながら悦に入る。フリッカはヴォータンの会社の重役的なキャリアウーマンという趣向で、ヴォータンの現実逃避にあきれている。
フライアは水色のフリフリ・ドレスを着ている原宿にいそうなねーちゃん。フローは、事ある毎にビデオをまわしている映画青年で、ドンナーも含めて3人とも定職を持っていないパラサイト・シングル風なところが面白い。
サーチライトとともに窓から登場したファゾルト&[ファフナーは、さながらマフィアか巨大なブルース・ブラザーズみたいな感じで、黒のスーツを着込んでいる。ヴォータンへの債権取立てを依頼されたヤ○ザなのか、それともゼネコンなのか。
閃光とともに引越し用ダンボールの中から登場したローゲは、手品師の衣装。実際にハンカチから花を出してフリッカに贈ったりするが、タバコをくわえてマッチを探すが見つからず、タバコを放り投げるシーンは、火の神であるにも関わらずなんとなくイカサマ師っぽい。このように、どの登場人物にも、現代社会と意識的にダブらせているのだが、それが意外なほどピッタリと指輪の登場人物と重なってしまうのだ。
フライアが巨人族に連れ去られた後、神々はフライアだけが育てられる金の林檎を失って苦しむが、ヴォータンは最後にフライアが1個だけ残していった林檎を得て、ローゲと共にニーベルハイムへ向かう。

●第3場。
「NIBELHEIM」の文字がさかさまなのは、天上界との対比を強調するためだろう。ステージ上はまず、失われた黄金を探すラインの乙女たちがさまよい歩く。アルベリヒの部屋は意外ときれいな事務所風。机の上には、「隠れ頭巾」(←この演出ではゴーグルみたい)の設計図らしきものと大きなナイフがが置かれている。アルベリヒはキンキラキンのジャケットに真っ赤なコメディアン風の衣装で、いかにも成り上がり者。この場面での特徴は、街の娼婦らしき女性が連れてこられ、アルベリヒに暴力的に犯されるようなシーンがあること。彼女はのちにハーゲンの母親になるんだろうけど、愛を諦めても、女は金で解決できるというセリフを実際の舞台で説明的に扱っている。
アルベリヒの変身は、透明人間になるときには「e=mc~2」のアインシュタインの相対性理論の公式(何でだ?)が出され、大蛇の時にはゴジラ風の絵、蛙の時にはそのまま蛙の絵が黒板に書かれているのが妙に親切。大蛇はそれなりに大掛かりだが、尻尾と頭だけというのはなんか中途半端な感じ。
蛙とになったアルベリヒがヴォータンに捕らえられた後、ミーメはアルベリヒのジャケットをまとい、彼の机に残された書類をむさぼるように読む。そこへ先ほどの娼婦が戻ってくるのだが、これは「ジークフリート」への伏線であることは言うまでもない。

●第4場。
ふたたびヴォータンの部屋だが、すでに荷物は運び出されている。蛙として捕らえられ、カバンに閉じ込められたアルベリヒが、その小さなカバンの中から登場するシーンはタネが解っていてもその流れが自然で、見事な仕掛けだと思う。アルベリヒが身代金を運ぶニーベルング族に嘲笑されるシーンは、暴力で支配する者の行く末を暗示している。アルベリヒの指輪が奪われるシーンでは、ヴォータンにナイフで指ごと切り落とされる設定となっていて、かなり恐ろしげ。(そのナイフはもともとアルベリヒの机にあったものである) そしてアルベリヒは指輪にのろいをかけた後、そのナイフを使って自傷(「男性生殖器を自ら・・・」という演出の意図である、という指摘を頂きました)するところは新機軸。
ファフナー&ファゾルトがフライアを連れて戻ってくる。フライアに未練を残すファゾルトと、権力志向の強いファフナーの対比は、これまでの演出以上に強調されているのではないだろうか。巨人族が仲違いし、ファゾルトがファフナーを殺すシーンでは、ローゲが先ほどのナイフをファゾルトに手渡し、それをファフナーに何回も突き刺す。この演出でローゲは、この舞台の狂言回しというとても重要な役回りにされているとともに、アルベリヒの血塗られたナイフは、のちにヴォータンがワルハラ上に入場するシーンではノートゥングのライトモチーフとともに剣に「変身?」している。
ドンナーが雷を地面にたたきつけると舞台は奈落に落ち、背後に真っ白な舞台が登場する。これは城のエントランスか? そこには「WALHALL」の巨大なアルファベットが置かれ、壁の上にはなぜか番号付の黄色い番号の入った交通標識みたいなものがついている。色とりどりの風船が天上から降ってきて、それが虹の掛け橋というわけだ。
ファフナーが殺されて、その血を浴びたフライアだけが放心状態の暗い顔でWALHALLのアルファベットに寄りかかるが、真っ白な衣装に着替えたヴォータン以下の神々たちは晴れやかな顔で入場を祝す。世界各地の神々も招待され、キリスト、仏陀、日本代表としてイザナミ&イザナギ、その他アジアやアフリカらしき神々も招待状持参でワルハラ城へ入城していく。ローゲは手のひらに火をつけてタバコを一服。ラインの乙女達はホームレスとなってさまよう。この辺りは新国立劇場の舞台機能は最大限に発揮されている締めくくりで確かに面白かったが、ちょっと盛り上がりに欠けたのが残念。

●「トーキョー・リング」と呼ばれているこのプロダクションだが、具体的に東京の特定の場所が登場するわけではなく、東京という「地域性」にこだわった演出ではない。むしろ東京の「都市性」に由来する「社会性」「人間性」をリングの登場人物に重ね合わせているといったほうが正確だろうと思うし、その狙いは多くの部分で成功を収めているのではないだろうか。また娼婦=ハーゲンの母親、ナイフ=ノートゥングなど、随所に「ワルキューレ」以降への布石が置かれ、今後への興味をそそる演出である。現代的な演出は解りにくいと思われがちだが、このウォーナーの演出に限っては現代的であるがゆえに解りやすくなっていると思うし、随所に従来はなかったような説明的なシーンも挿入して、旧来の演出よりストーリーは解りやすくなっているのではないかと思う。

いやぁ、読み返してみると、前はこんな長文を書くパワーがあったんだなぁ・・・・と、いまさらながら当時の自分に畏敬の念を抱かざるを得ない(爆)。

キャスティングが変わった今回も、素晴らしい上演だった。音楽的には、エッティンガーが作り出すワーグナーは、特有のうねり感は希薄なれど、その音楽は実に明晰。東京フィルの演奏も素晴らしい演奏で、前回のチクルス後半のN響と比較しても決して劣ることのない水準だと思う。

ヴォータンのラジライネンは、威厳に乏しいけど、実業家的な位置づけの演出にはぴったりな歌を披露。ローゲのズンネガルドも、狡猾で理性的な歌声で、この物語の狂言回しを演じる。フリッカ以下の神たちも、神々しさは希薄で、むしろ人間くささが漂う演技と歌唱を聞かせてくれて満足。ファードルトとファフナーも心理的なコントラストの対比が良く出ていた。エルダの説得力のある深い歌唱は、短時間ながら素晴らしかったし、アルベリヒもこの日一番の拍手を集めていた。全体的な音楽的水準としては、軽めでポップな演出にマッチした申し分ない内容・水準だったと思う。

まだこのプロダクションを見ていない人はもちろんだが、8年前に見た人でも見る価値は十二分にあると思う。次回の「ワルキューレ」が楽しみ!

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2009年03月09日

飯守泰次郎&東響@MUZA名曲全集

このところ完売が続く人気のMUZA名曲全集、今月はワーグナー指揮者として評価が定着している飯守泰次郎の登場。この人はシティフィル意外を指揮するときは、かならず・・・と言っていいひどワーグナー・プログラムだなぁ。

【出演】
指揮:飯守泰次郎(東京シティ・フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者、関西フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者)
ピアノ:今川映美子
【曲目】
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番「皇帝」
ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」〜前奏曲と愛の死
ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」〜ワルキューレの騎行
ワーグナー:楽劇「神々のたそがれ」〜ジークフリートの死と葬送行進曲
ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲

この日のプログラムで良かったのは、「トリスタンとイゾルデ」。官能的な無限旋律が美しい演奏で奏でられ、やっぱ飯守のワーグナーは素晴らしいなぁ・・・・と思ったのだが、その後がっ・・・!ワルキューレになってからオケを鳴らしすぎて、かえって音楽的に平板になってしまい、「神々のたそがれ」、「マイスタージンガー」もその悪影響を引きずって、音が粗雑になってしまっている。ワーグナーは音が大きければ良いって言うもんじゃない。むしろ音色だ。その意味では今日の演奏はいただけなかった。客席は盛り上がっていたし、私が座席を立ったあとに「リエンツィ第3幕への前奏曲」をアンコールしていたみたいだけど、ワタシ的には不満足。

前半の「皇帝」も、オケとソリストの神合わせが悪く、ピアノの音色的にももう少し多彩なパレットがほしかった。第2楽章以外はちょっと不満足なできばえだったなぁ。

posted by のら at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | orchestra-TSO

フォトパス感謝祭でE-620にサワル

オリンパスのカメラファンのコミュニティ組織の「フォトパス」の感謝祭が3月8日に開催され、小川町のオリンパスプラザに出かけてきた。お目当てはふたつ、ひとつは最近発表されたE-620が展示されること、それにアウトレット商品が格安で出されるということ。そのうちアウトレットに関しては、「ネットで書かないで下さい」ということだったので、あまり書きませんけど(爆)、表示価格そのものはそれほど安くはないけれど、フォトパスで溜まっているポイントを額面価格の20%まで使えるというのがミソ。さらに入り口でくじを引くと5%〜12%の割り引き券がもらえるし、さらに有料のプレミア会員だと5%の割引まで使えてしまうのだ。もし、割引ポイントが溜まっている人だったら、むちゃくちゃ安く現行商品が買えてしまったkも知れない。

で、ここで書きたいのは、E-620のコト。外観は、E-420に近い印象だ。そのコンパクトなボディの中に、よくぞ手ぶれ補正とバリアングル液晶モニターを組み込んだものだと思う。小さなデジタルがジェットが好きな人だったら、絶対に欲しくなるアイテムだろうと思う。

会場にいた説明員によると・・・・
「すでに、これまでにないほどのたくさんの予約を頂いています。」
「フォーカスの速度は設計上、E-3と同等のはずです。ただし暗いところでのオートフォーカスの能力はE-3、E-30のほうがウワテですが、E-620はこのクラスのカメラとしては他社にない−−1EVまでのオートフォーカスが可能です。」
「コントラストAFの速度は、E-520と同等です。」
「フォーカスポイントの間隔が近すぎる(中央に寄りすぎている)という声は頂いていますが、コンパクト化のためには仕方がありませんでした。」
「「ファインダー像が小さいという声も頂いてます。ちなみにマグにファイヤーの純正品のME-1はバリアングルの液晶パネルが出せなくなってしまうので使えません。パナソニック製のマグにファイヤー(たぶんVYC0973のこと)は大丈夫です。」

・・・・こーんな感じ。そんなわけで、今日はパナのマグにファイヤーを買ってきました。オリンパスと同等の性能ながら1,400円と格安で、知る人は知っていた人気商品だ。

で、個人的な感想などをちょっと。

  • E-3やG1を使っている立場からすると、やっぱりファインダーは小さい。マグにファイヤーは必須だと思う。
  • まず、AFの速度は、思ったほど高速というわけではなかった。付いていたレンズが14-42mm F3.5-5.6だからなのかもしれない。
  • コントラストAFについては説明員の話どおり、E-520と同等だと思われ。フォーカスエリアは、やっぱり中央に寄りすぎ感が漂う。でもオリンパスのことだから、このAFユニットを3年くらいは使うことになるんだろうと思う。
  • コンパクトなボディなので、操作性はちょっと犠牲になっている部分もある。特にAFポイントを選択するのに使うであろう十字ボタンは小さいうえに、出っ張りも少ないのでちょっと押しにくいカモ。

ちょっとした問題点はあるけど、これまでのオリンパスの発売したカメラの中では最もユーザーのニーズに即したカメラであることは間違いないと思う。理想を言えば、この大きさで防塵防滴を実現してくれれば最強の旅カメラになると思うんだけどなぁ。

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2009年03月15日

プーランク「カルメル会修道女の対話@新国オペラ研修所

3月14日(土)、かねてから念願だった「カルメル会修道女の対話」を、新国立劇場の中劇場で再び見ることができた。前に見たのは、今から11年前の1998年9月、松本で行われたサイトウキネン・フェスティバルだったが、そのときの衝撃と感動は今でも忘れられない。

その時以来、「もう一度、このオペラを見たい」と念じてきたのだが、今回の公演はオペラ研修所の公演ということもあり、ちょっと二の足を踏んでいたのだが、当日になって予定が空いて劇場に電話したら当日券が一枚だけ残っているとのこと。迷わず最後の一枚を予約して、初台に向かったというワケ。劇場に着くと当日券売り切れでキャンセル待ちをする人もいるほどで、会場はもちろん満員!若手の研修公演としては異例の注目度ではないだろうか。

さて、この演目は、フランス革命の中で弾圧されたカルメル会修道女たちが、自らの信教を守るために処刑されてしまうのがストーリーの要旨であり結末だが、このオペラはそこに至るまでの修道女たちの心の揺れ動きが焦点となっている。日本人にはなかなか殉教をテーマにした作品は馴染みにくいかもしれない。日本でも遠藤周作原作の「沈黙」というオペラもあるけど、これもキリスト教をテーマにした作品だ。美しいアリアなどはないものの、20世紀の作品としては音楽はとても平明だ。

研修所の公演ということもあり、サイトウキネンのときと比べるまでもなく舞台装置は簡素だが、照明が巧みに使われていて不足感はない。この演目は、修道女たちの微妙な心の揺れ動きがテーマなだけに、むしろシンプルな舞台装置のほうが望ましいかもしれない。

それにしても、この日の公演は、研修所の公演というレベルを超えて、とても深い感動を聴衆に与えたと思う。歌唱に神経が行き過ぎるあまり演技がぎこちなくなってしまう一面も垣間見えたが、丹念なレッスンを積み重ねた成果は特筆すべき水準を獲得していたといってよいのではないか。でも、念のため言っておくけど、もちろんSKFの方が私の中では圧倒的に上であることは言うまでもない、・・・・けど、日本人の若手を主体とした上演でこれだけのレベルの上演に出会えるとは思っても見なかった。。中ホールという小さな空間だけに、声量的には大きな負担がなかったことも幸いしたのかもしれないが。

まずはブランシュを歌った木村眞理子、役柄になりきって微妙な心理のゆれ動きを再現する演技も素晴らしく、この日、一番印象に残った歌手だ。そしてコンスタンスの山口清子、快活な修道女を演じる演唱もブランシュと対照的で、その心理的なコントラストを明確にして見せてくれた。マザー・マリーを演じた塩崎めぐみ、マザー・ジャンヌを演じた小林沙季子も印象深い。管弦楽では、中ホールのオケピットの狭さ=編成の小ささが原因だと思うけど、弦楽器の音量が不足していて、細やかなニュアンスが伝わらないもどかしさを感じたものの、まずまずの水準。

最後に、11年前にワタシが書いた文章を一節。

修道女たちは捕らえられ、裁判で断頭台に送られることが決まる。十数人の修道女たちが「めでたし、天の元后」を歌いながら断頭台に進んでいく。断頭台への13階段は金色の神への国への入り口のようにも描かれているが、ギロチンの音がするたびに修道女たちの合唱の声が減っていく劇的効果は、いかに言葉にすればいいのか。死を恐れるのも自然な感情であるならば、仲間の死を見過ごせないのも社会的存在である人として自然な感情であろう。「個の存在」としての感情と「類」の存在としての感情の相克、その二律背反の中で、ブランシュは自らの死を決意する。群衆の中で処刑を見ていたブランシュは友人の修道女コンスタンスに続いて断頭台に上り、「来れ、精霊」の最後の一節も途切れ、沈黙がホールを包み込む。このラストシーンを見て、誰が拍手することが出来ようか? すべてがレチタティーヴォでつながれていて、耳に馴染みやすいアリアなどは一切無し。決して難解な音楽ではないけれど、緊張感ある音楽が続いて、前半はいささか説明的過ぎるのでは・・・と思ったけど、ラストのシーンを見ると、そのすべてが必然性で溢れ、一切の無駄がないようにすら思えてくる。

今回の舞台では、13階段はなく、舞台奥にいる修道女たちが一人づつ前に進み出て、ギロチンの音とともに修道女たちが崩れ落ちる。最後にコンスタンスが断頭台に進み出るときにブランシュが舞台脇に現れて、コンスタンスの後に続く・・・。そして沈黙。

終焉後のカーテンコールは、もはや研修所の発表会というレベルを超える評価だったと思う。できれば、大ホールでこの演目を見たいものだ。

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【作曲】F. プーランク
【台本】ジョルジュ・ベルナノスによるテキストより
【指揮・音楽指導】ジェローム・カルタンバック
【演出・演技指導】ロベール・フォルチューヌ
【ヘッド・コーチ】ブライアン・マスダ
【管弦楽】東京ニューシティ管弦楽団

ド・ラ・フォルス侯爵 岡 昭宏(12・14日) 駒田 敏章(13・15日)
ブランシュ・ド・ラ・フォルス 木村 眞理子(12・14日) 上田 純子(13・15日)
騎士 糸賀 修平(12・14・15日) 城 宏憲(13日)
マダム・ド・クロワッシー 茂垣 裕子(賛助出演/12・14日) 小林 紗季子(13・15日)
マダム・リドワーヌ 高橋 絵理(12・14日) 中村 真紀(13・15日)
マザー・マリー 塩崎 めぐみ(12・14日) 堀 万里絵(13・15日)
コンスタンス修道女 山口 清子(12・14日) 鷲尾 麻衣(第7期修了生/13・15日)
マザー・ジャンヌ 小林 紗季子(12・14日) 茂垣 裕子(賛助出演/13・15日)
マチルド修道女 東田 枝穂子(全日)
司祭 中嶋 克彦(12・14・15日) 糸賀 修平(13日)
第1の人民委員 村上 公太(第6期修了生/全日)
第2の人民委員 駒田 敏章(全日)
看守 近藤 圭(全日)
ティエリー(従僕) 能勢 健司(全日)
ジャヴリノ(医師) 能勢 健司(全日)
役人 駒田 敏章(全日)

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上原葉月@YOKOHAMA その1

今日は暖かな日差しの中、横浜市内某所でポトレ。モデルは、はじめましての上原葉月さん。透明感のある雰囲気、表情の多彩なモデルさんでした。カメラは前回と同様で、E-3には松レンズ14-35mm F2をセット、そしてG1にはSummilux 25mm F1.4とZuiko Digital 9-18mmの組み合わせで使用した。

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上の写真はE-3で撮ったもの。ファームウエアのバージョンアップによって、十字キーでダイレクトにフォーカスポイントを選択できるようになって、かなり使いやすくはなったけど、トータルな操作性ではどうもイマイチ感が・・・。ボタンを押しながらダイヤルを回すという操作性にはもどかしさが残るノダ。

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上の写真はG1+9-18mm。G1はモード切替のダイヤルが簡単に回ってしまい、肩から下げている間に意図しないモードになっていてビックリ!という事態が頻発。さらに露出補正のダイヤルも同様。せめてモードダイヤルにはロックが欲しい。

というハードウエア的な話は置いといて・・・・・花粉の季節は調子がイマイチながら、モデルの良さの助けられた撮影でした。

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2009年03月16日

上原葉月@YOKOHAMA その2

3月15日は、青空が広がった暖かい陽気の中の撮影だあったワケで、こういう日だったらやっぱり青空を生かした写真を撮りたくなる。ブルーが映えるオリンパスのカメラならなおさらだ。

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青空を生かした写真を撮る場合、一般的には順光で写すか、逆光で日中シンクロもしくはレフで思い切り光を起こすしかない。この日は一切レフやストロボは使っていないので、順光の写真だ。ただ、モデルさんにとっては、とっても眩しくて目が開けにくいコトになってしまう。ここではあえて目を閉じてもらって、お日様の光を肌で感じてもらうシチュエーションで写したツモリ。

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あと順光で日差しが直接当たるシーンだとだと、顔に影ができやすい。やっぱりストリートでの撮影であっても、レフが欲しいところ・・・。

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こういう晴れた日だと、超広角の9-18mmのレンズを使って青空が広がった雰囲気がさらに強調できる。道路標識の青い色も、空の色と同じなのがちょっとオモシロイと思いますた。

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2009年03月21日

キンボー・イシイ=エトウ&都響 @東京文化会館

18日(木)は、都響の上野定期。ふだんなら空席が目立つ東京文化会館だが、この日はラヴェルを中心とした名曲プログラムということもあって、5階のサイドまで概ねいっぱいという大盛況。

指揮:キンボー・イシイ=エトウ
ヴァイオリン:ユージン・ウゴルスキ

ラヴェル:古風なメヌエット
ラロ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ニ短調 『スペイン交響曲』 op.21
ラヴェル:ボレロ
ラヴェル:スペイン狂詩曲
ラヴェル:ラ・ヴァルス

キンボー・イシイ=エトウを、都響で聴くのは初めてだが、オケを緻密にコントロールしようとするタイプではなく、自発性を尊重して自由に鳴らすほうの指揮者だと感じた。最初のプログラムではそれが裏目に出て、「古風なメヌエット」では、弦楽器が美しいはずの都響としてはかなりギスギスした音が聞こえてきてがっかり・・・しかし後半は持ち直して、スペイン狂詩曲やラ・ヴァルスは平均点以上のイイ演奏を聞かせてくれたと思う。フルネ的な上品な音楽とは対極的な音楽作りだが、こういう変則的なリズム感の曲を盛り上げる指揮はなかなかうまいかもしれない。

ヴァイオリン協奏曲は、いささかザンネンな演奏だった。そこそこテクニックはあるのかもしれないけど、曲の節回しがぎこちなく、音楽の横の線がつながらない。長い曲だけに、途中は退屈感が漂ってしまった。アンコールにバッハの無伴奏からサラバンド。

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2009年03月22日

瀬尾由布子@晴海埠頭  OLYMPUS E-620編

今日は強風と雨模様の天気の中、しかも東京マラソンの交通規制にも関わらず、晴海埠頭でポートレートの撮影。そして3月20日に発売されたばかりのE-620の初めての実戦投入!そんなワケで気合を入れて晴海に向かったわけだけど、東京マラソンの交通規制で晴海行きのバスは東京駅南口ではなく勝どき駅からの出発に変更される余波なども考えて、通常よりも1時間以上早く出発。結果としては1時間以上早く晴海についてしまった。

E-620はオリンパスの全部入りコンパクト一眼レフ。E-420のコンパクトさに、E-520の手ブレ補正を入れて、なおかつE-30並みのバリアングル液晶モニターを搭載。小型軽量がOM以来のオリンパスのメーカー・イメージだとしたら、その「らしさ」全開のカメラで発売前から評判は高かった。オリンパスのオンラインショップで発表とほぼ同時に注文し、発売日の午前中にペリカン便で自宅に到着。一緒に注文しておいた白のロングストラップをつけてメッセンジャーバッグみたいにたすき掛けにしてカメラを持ち歩くのは、とても安定感があってイイ!

で、このカメラのウリはコンパクトなだけではない。オリンパスの今後の一眼レフの柱としているアートフィルターを搭載していること。まずはアートフィルターのテストだ。最初はシャドーやハイライトを柔らかく描写する「ライトトーン」。これは画像処理の待ち時間ほとんどナシで連写が可能だ。

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モデルのユウさんは、そこに居るだけで絵になる人だ。やわらかい描写がポートレートに良く似合う。

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雨まじりの強い風の中で、ちょっと肌寒いくらいの天気だったけど、ライトトーンで写すとなんとなく春の暖かさを醸し出す。

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そしてトイカメラで写したような雰囲気の「トイフォト」。ちょっとノスタルジックな空気感を描き出す。ただし、このモードは画像変換に時間がかかるので連写はできない。

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そして、いちばんポートレート向きなのが「ファンタジック・フォーカス」。ピントの芯はしっかりと保持しつつも柔らかい光の滲みを描き出す。雨だれを見つめるユウさんの横顔がイイっ!

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そして、いちばんポートレート向きではないと思われる「ラフ・モノクローム」。白黒フィルムのTri-Xを像感して4号の印画紙で焼いたような粒状感とコントラストを生み出す。

アートフィルターはE-30に搭載されるのと同時に、PENTAXのK-mにも同様の機能が搭載された。当初は、こんな機能は要らない=自分で画像処理すればいいんじゃない?と思ったのだが、実際に使ってみるとこれが面白い。もちろん、この機能をOLYMPUS Studioみたいな画像処理ソフトに組み込むことも可能なんだろうけど、あえてカメラ内で撮影時にのみ設定することができるようにした理由は、使ってみてなんとなくわかったような気がする。昔、銀塩カメラの時代は、フィルムの感度も、色温度も、フィルターワークも、すべて撮影時に決めていたワケで、撮影する段階で作品の仕上がりまで決めていたのだ。その時代の写真を撮る楽しさを、ちょっと思い起こしたような気がする。

アートフィルターだけではなく、E-620はとっても良いカメラだ。しかし、私が同時に持っていったカメラと比べると、やはりその差は歴然だった。それはまた次回に。

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2009年03月23日

インバル&都響の「ダフニスとクロエ」@サントリーホール

この季節にサントリーホールに行くと、桜並木の様子が気になる。アークヒルズ脇の桜の木は、場所にもよるけど一分咲きから二分咲きといったところ。たぶん、予報どおり今週末あたりが桜の見ごろになりそう。そして今月は、都響のプリンシパル・コンダクターのエリアフ・インバルの登場する定期演奏会とあって、チケットは完売。会場のサントリーホールは満員となった。

指揮:エリアフ・インバル
ピアノ:横山幸雄
合唱:晋友会合唱団

ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調
ラヴェル:バレエ音楽『ダフニスとクロエ』 全曲

まずはラヴェルのピアノ・コンチェルト。インバルの指示は、テンポ速めでこの曲の独特のリズム感を強調し、横山のピアノとともに明晰であると同時にスピード感のある第一楽章でスタート。物思いにふけるようにロマンチックな第二楽章も、感情移入は控えめにして、楽譜そのものに音楽を語らせる。余談だが、この楽章のピアノのトリルは、昨日の晴海で見たガラスを伝う雨だれを思い出した。そして、スピード感ある第三楽章。ただ、オーケストラの音色には、もうひとキラメキが欲しい気がしたが。

圧巻だったのは、「ダフニスとクロエ」全曲。これは文句なし!昨年のマーラー交響曲8番も凄かったが、それに勝るとも劣らない演奏レベルだ。マーラーチクルスで全盛期のインバルを思い起こすようなオーケストラ・ドライヴで、一糸乱れぬアンサンブルを繰り広げる壮大な音絵巻。ややラヴェル的な空気感が希薄になって、なんとなくストラヴィンスキーを聴いているような感じになったが、気のせいか?でも、このテンションの高さは、まさにインバルならではの演奏である。都響の大熱演に拍手!!!願わくば、この演奏で「ダフニスとクロエ」のバレエの実演を見たいものだ。

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2009年03月24日

瀬尾由布子@晴海埠頭 E-620のここが困った!編

3月22日の晴海埠頭で写したポトレの続き。

この日、E-620と同時に持っていったカメラはNikon D700だった。E-620は、AFユニットが一新され、明るいところではE-3と同等の性能が得られるということで期待していたのだが、実際に使ってみると明確な性能差があった。結論的に言うと、E-620は少なくともE-3と比べるとフォーカスは迷うし、結果として遅いし、シャッターのタイムラグも小さくはない。もちろんランクが違うカメラだから差があるのは当然といえば当然だし、この日は超音波モーターを内蔵していない・・・つまり通常のモーターを搭載した14-54mmを使ったこともあるのだが、それを考慮しても前評判から期待していた性能は体感できなかった。こう言ってはナンだが、E-520と比べても明確なアドバンテージを感じることはできないというのが正直なところ。

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さらに、この日に併用したD700と比べてしまうと、その差はさらに明確だ。月とスッポンと言っても良いくらい。ファインダーは大きくて広いし、フォーカスエリアも広い。さらにフォーカスも速いし、ライムラグも極小だ。シャッターボタンを押した瞬間にシャッターが切れる感覚が、雲泥の差なのだ。E-620とD700を比較すること自体が間違っているという意見もあるだろうし、それは当然だろうとも思う。しかし、世界最高速のフォーカス性能といわれたE-3と概ね同等の性能を持っているという前評判から考えると、期待ハズレの感はぬぐえないと言うのが率直な意見ナノダ。

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そんなワケで、この日はメインにD700を使うことになってしまったので、実はE-620はあまり使っていない。アートフィルターのテストで数カット写したら、あとはD700という具合。とにかく、E-620のフォーカスの速度やレスポンスは、ファームウエアで何とか改善して欲しい。

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あとは、アートフィルター使用時は、モードダイヤルを端っこまで回転させないと使うことができないというのもメンドクサイ! オリンパスの今後のウリの柱というのなら、アートフィルターはもっとスピーディに設定できないと駄目だと思う。あと未検証なのが、手ブレ補正の効果と、バッテリのもち具合。まぁ、手ブレ補正の効果はそれほど心配していないけど、バッテリは小さなBLS-1になったのでちょっと不安感が残っている。この日はE-620はそれほど使わなかったので、バッテリは問題なかったけど、今後改めて検証してみたい。

なんだかんだ書いたけど、こういった問題点も被写体次第という面もある。ポートレートやスポーツ写真では、シャッターのレスポンスは非常に重要だが、風景や旅写真ならレスポンスはそれほど重要な問題ではない。E-620は、撮影ジャンルさえ間違えなければ、とてもいいカメラだと思う。

それにしても、ユウさんの柔らかい雰囲気には、E-620のアートフィルターの「ファンタジックフォーカス」が良く似合う。ちなみに、1枚目はラフモノクローム、2枚目はライトトーン、3枚目がファンタジックフォーカスです。

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2009年03月25日

瀬尾由布子@晴海埠頭 Nikon D700編

結果的にこの日(3月22日)のメインカメラになってしまったD700、さすがにカメラとしてのランクの違いを見せ付けることになった。キャッシュバックがあったとはいえ、カメラ本体がチト高かったので、レンズはほとんど中古品でそろえたのだが、この日は定評あるTamron SP28-75mm F2.8に加えて、Nikon AF35mm F2D、Nikon AF50mm F1.4Dの3本。雨で室内撮影の割合が増えることを予想した選択だ。

モデルの瀬尾由布子サンは、ワタシ的には8ヶ月ぶりの撮影で、通算5回目かな? ほぼ半年に1回のペースで撮影かも。ポートレート撮影がそれほど多くないワタシにとって通算5回は、ダントツに撮影回数が多いモデルさん(爆)。相変わらず、とってもキレイな人です。

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上の写真は、Tamron SP28-75mmで、絞りは開放、シャッターは1/30。iso3200に増感しても、このシャッタースピードしか得られない人工光のもとでの撮影だったが、D700の高感度性能のものすごさを実感させる画質だ。

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そしてAF50mm F1.4D。新型のGタイプのレンズが発売されたので、このDタイプのレンズは旧型になってしまった。絞り開放〜f2までは周辺減光が著しく、画像もアマアマのレンズだが、ポートレートだと意外と味があって悪くない。この写真はf2まで絞っているのだが、f1.4開放だと手前の目にピントを合わせると、奥の目にピントが合わない。ちなみにf2.8以上に絞ると、画像はシャープになって、減光も目立たなくなるレンズだ。

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Tamron SP28-75mmの広角側開放。雨に日だったので、春の雨を演出して、ちょっと甘めの描写を狙ってみた。実際は冷たい雨だったけど・・・(爆)。シャープな画像を望むなら、やっぱりf4程度までは絞ったほうがイイ。

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同じレンズで、f3.5まで絞ったもの。やっぱりこっちの方がシャープな感じ。D700にファンタジックフォーカス・モードがあったら、ここで使いたかったなw

で、普段はE-3と14-35mm F2を使っていると、D700&TamronSP28-75mmが軽く感じる。フォーサーズよりも、フルサイズのほうが軽く感じるって・・・・・。レンズの性能は、圧倒的にZuiko Digitalの方が上なんだけどね。

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2009年03月26日

瀬尾由布子@晴海埠頭 D700の旧式レンズは?

ふだんフォーサーズを常用していて、時にフルサイズのカメラを使うときに、試してみたくなるのは大口径短焦点レンズで絞り開放=被写界震度が浅く、ボケを生かした写真だ。今回は中古で買ったNikon AF50mm F1.4Dと、AF35mm F2Dの2本だ。どちらも大口径レンズながら、中古であれば2〜2.5万円程度で買えるのはありがたいが、心配なのはその性能。特にフォーカスの遅さと、逆光のときの弱さの不安がぬぐえない。

この日は曇り時々雨で、残念ながら逆光時のゴーストやフレアの検証はできなかったが、フォーカスに関しては概ね問題のない性能を感じさせてくれた。特にD700に内蔵するフォーカス用のモーターは強力なので、かなり高速なフォーカスを実感できる。

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上の写真は、50mmでf1.4開放。まつげにピントが正確にキテいる。フォーカスの精度も高そう。倍率色収差やビネッティングもD700が補正してくれるらしいので、安いレンズや旧式のレンズでもそれなりに良く写ってくれる。むしろ、ポートレートでは、描写の甘さがイイ感じかも。優しそうな笑顔に、目の輝きがキレイだけど、ちょっと被写界震度が浅すぎ。いや、写しているときから、絞り開け過ぎだとは思っていたんだけど、やはり絞り開放で使ってみたくて(爆)。

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35mmもf2開放。このレンズはNikonのDタイプの中では評価の高いレンズのひとつだ。

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こちらは50mmでf2.2まで絞ったもの。この撮影距離では絞りをちょっと絞ったほうが自然なボケになる思うし、描写もちょっとシャープになる。

こんな曇りがちの天気であれば、銀塩カメラを前提に開発された旧式のレンズであっても、十分に性能を発揮できると思う。もちろん、目的次第、被写体次第だけど、ポートレートでは描写の甘さはメリットにもなる側面もあるので、値段の安さも考えれば旧式レンズをそろえておくのも悪くないと思う。

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2009年03月29日

新国立劇場 Ballet The Chic

29日のソワレは、新国立劇場の中劇場で行われた「バレエ・ザ・シック」と題された公演。キャストは新国バレエ団の主要メンバーが揃い踏みなのだが、演目が必ずしもポピュラーなものではないせいか、客席の入りは7割程度。

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それにしても、バランシンの「セレナーデ」はすばらしい作品だ。一昨年の新国立劇場の10周年ガラコンサートでも見た記憶があるけれど、作品としての素晴らしさはもちろん、フォーメーションの動きも、腕の開く角度もピタリと揃えられていて、コールドバレエの水準が高い新国立劇場バレエの美点が端的に発揮された美しい舞台に仕上がった。音楽はチャイコフスキーの弦楽セレナーデを全曲使った作品だが、欲を言えば、もう少し編成を絞って純度の高い音を聴きたかった。

その他の作品ははじめて見たので、比較はできないが、「空間の鳥」は、男性の群舞の前面に押し出した作品。「ボル・ヴォス・ムエロ」はスペインの古楽を用いた作品で、中世の雰囲気をかもし出す作品で、独特の魅力に溢れている。「プッシュ・カムズ・トゥ・ショヴ」は、スピード感の溢れる動きに、コミカルな動きを組み合わせた、非常に高度なテクニックを要すると思われる作品だ。それゆえのミスも散見され、踊ることに精一杯で、このバレエが本来持っている面白さが伝わってういるのかどうかが疑問だったが、こういったバレエ団としてのチャレンジは好感が持てる。古典的な全幕モノのバレエも面白いが、こういった現代的な作品もイイ。少なくともクラシック音楽の現代モノよりも、親しみがもてるのではないか(爆)。

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【振付】ジョージ・バランシン(『セレナーデ』)
トワイラ・サープ(『プッシュ・カムズ・トゥ・ショヴ』)
ナチョ・ドゥアト(『ポル・ヴォス・ムエロ』)
井口裕之(『空間の鳥』)
【指 揮】渡邊一正(セレナーデ)
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団(セレナーデ)

<セレナーデ>
西山裕子、寺島まゆみ、寺田亜沙子(27日、28日夜)
マイレン・トレウバエフ、冨川祐樹(27日、28日夜)
ほか 新国立劇場バレエ団

<空間の鳥>
前田新奈(27日、28日夜)
貝川鐵夫、江本 拓、八幡顕光、高木裕次、佐々木淳史、末松大輔、アンダーシュ・ハンマル、泊 陽平、清水裕三郎、野崎哲也、原 健太、三船元維

<ポル・ヴォス・ムエロ>
湯川麻美子、遠藤睦子、西川貴子、本島美和、丸尾孝子
高橋有里(27日・28日夜・29日)
吉本泰久、貝川鐵夫、陳 秀介、冨川祐樹
山本隆之(26日・27日・28日夜)
古川和則(26日・27日・28日夜)

<プッシュ・カムズ・トゥ・ショヴ>
福田圭吾(27日、28日夜)
湯川麻美子(27日・28日夜)
小野絢子(27日・28日夜)
さいとう美帆(27日・28日夜)
中村 誠(27日・28日夜)
ほか 新国立劇場バレエ団

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インバル&都響のプロムナード・コンサート

29日のマチネは、発売即完売となった都響のプロムナードコンサート。アークヒルズに行ってみるとアーク桜まつりをやっていて、カラヤン広場は出店やイベントなどで華やかな雰囲気。ただ、桜の開花は、この間の冷え込みで当初の予定よりも遅れていて、だいたい五分咲きといったところ。この様子だと、今年は意外と長い間、桜の花が楽しめるかもしれない。

指揮:エリアフ・インバル
ピアノ:田村響

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 op.18
チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 op.64

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さて、この公演は、ワタシも会員向け発売日に事務局に電話をしてチケットを確保した公演だ。会場は定期会員のものと思われるわずかの空席はあるものの、ほぼ満員となった。

まずはラフマニノフ。田村は、ロマンチックな思い入れを込めて、間をとりながら音楽を進めていこうとする。対してインバルはそっけない。第一楽章は両者の思い入れが噛み合わず、どうもちぐはぐな感じがしたのだが、第二楽章は田村の感情過多とも思えるようなフレージングが勝り、かなり遅めのテンポ。しかし、さすがに遅すぎの感がぬぐえず、音楽が停滞感が漂う。第三楽章は起伏の大きな音楽で締めくくる。田村の目指したい方向性はわかるけど、ロマンチック系の甘い調味料がココまで多いとさすがに食超気味になるし、インバルとの志向性の違いがどうにも気になる。アンコールはメンデルスゾーンの無言歌集より。

後半のチャイコは、壮絶な演奏。トシはとってもインバルはやっぱりインバルなんだと、改めて実感させられた。たぶん、彼のチャイ5は前にも聴いた事があるんじゃないかと思うけど、そのときも全楽章をアタッカで演奏したような、やや怪しげな記憶がある。今回は2楽章の後でインバルは違和感を感じたのか、指揮台を移動するために少々の間をとったけど、たぶん彼は全楽章を続けて演奏したかったのではないか。

さらにインバルはオケに極限的な緊張感を強いるように、旋律を揺らしたり、間をとったり、ダイナミックレンジを最大限に活用しようとする。オケを鳴らしすぎで、音の美しさが後退した感はぬぐえないし、不自然なフレージングは違和感が残る。音楽的に、こういうチャイ5が好きかと問われると否定せざるを得ないが、このインバルの指揮に喰らいつこうとする都響の大熱演を前にすると、インバルの音楽が好きか嫌いかなどは仔細な問題に思えてくるから不思議だ。

普通、インバルくらいの年齢になると、音楽的にも円熟味が増すような気もするが、彼の音楽的な志向性は、80年代後半〜90年代前半のときのそれと本質的には変わっていないことに驚いた。インバルはやっぱりインバルだったのだ。

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