2005年04月14日

 春ですなぁ。・・・・って言っても、ここ数日は雨で肌寒いけど、
先週末は桜がちょうど入学式を祝うかのように満開になっていい感じだった。近くにある桜並木の道、
普段の休日は人通りがまばらなのに、この日ばかりは桜を愛でる人たちが散歩していて、満開の春を見上げている。
この桜並木の通りは、私が6年前まで住んでいたところの近くである。いつもこの通りを歩いて毎日通勤していた。
傍にあるビルのテナントもかわっているけど、久しぶりにこの通りを歩くと、ちょっと懐かしい。


 さて、この4月は人事異動の関係もあってあわただしく、気持ち的に更新の余裕がなかった。私はそのままだけど、
職場のメンバーの半分が入れ替わってしまったのだ。くわえて年度変わりの関係で忙しい。・・・・そんな日が続いていたんだけど、
月も半ばになってようやく落ち着いてきた。そろそろ通常の更新ペースに戻れそうな感じだ。


 今月の末からはGW。いよいよ奄美から沖縄へ南下する旅のはじまりである。当面はそれを楽しみに頑張ることにしよう!


 

posted by のら at 02:19| Comment(0) | Monologue

2005年04月16日

M's & 秋山和慶=東京交響楽団 名曲全集 第6回

 ミューザ川崎で始まった東京交響楽団「名曲全集」も、新しいシーズンが始まった。日程はすべて土曜日の午後6時からのソワレか、
日曜日の午後2時からのマチネということで、一番集客しやすそうな日程・時間帯なのだが、ホールの中は空席が多い。
全体的にはだいたい6〜7割程度の入りで、S席はそこそこ埋まっているような感じだったけど、
それ以外のA〜C席はそれぞれの前のほうだけ客が入っていて、後ろ半分は空席という状態。オープニングのシーズンはほとんど満員だったのに、
これはどうしたことか? 一年目が過ぎて、物珍しさがなくなったせいなのだろうか。


 今日のプログラムは、このホールのアドバイザーを務めるジャズ・ピアニストの佐山雅弘の企画で、
ジャズの要素をふんだんに盛り込んだもの。クラオタ的には食指の動かないプログラムだと思うが(^_^;)、
オーケストラ入門的には好適な内容である。



  • アメリカ民謡:聖者の行進

  • 小室昌弘 編:ディズニーのメロディによる管弦楽入門(ナレーション:高野成之)

  • ガーシュウィン:ラブソディ・イン・ブルー(M's)

  • I.バーリン:チーク・トゥ・チーク(M's)

  • J.カーン:イエスタデイズ(M's)

  • J.V.ヒューゼン:星にスイング(M's)

  • ガーシュウィン:パリのアメリカ人


 ジャズとクラシック、・・・両方とも好き、という人は結構多いに違いない。私はジャズにはぜんぜん詳しくはないけど、
あれにハマる人の気持ちは凄くわかる。実際、サイトウキネン・フェスで、マーカス・ロバーツ・
トリオを聴いたときは背筋がぞくぞくするほどの感動を覚えたし、ジャズを聴きに行くチャンスがあれば何回でも聴きに行きたいくらいである。
しかし、それだけの時間も余裕もないので、
現実にはこのようにクラシックのコンサートの中の企画としてジャズが盛り込まれたときにしか聴くことはない。


 さて、ジャズとクラシックでは、使われる楽器に共通項がある。ピアノやベース、
トランペットやなんかはクラシックの楽器とまったく同じだだ。しかし私はジャズとクラシックは、似て非なるものだと思っている。
あくまでも一般論だが、クラシックの緊張感あふれる精緻なアンサンブルと、ジャズの自由自在なアドリブとスイング感は、
なかなか融合しないものである。この日のプログラムでも「ラブソディ・イン・ブルー」は、マサちゃんズ(M's)との掛け合いで、
途中にジャズの様々な曲を交錯させた演奏となったのだが、これがどうしてもしっくりと来ない。生真面目な管弦楽と、不真面目・・・
じゃなくって(^_^;)スイングするジャズがひとつの曲の中に同居すると、どうも居心地が悪い。ガーシュウィンは、
クラシックの中にジャズの要素を取り入れてはいるものの、その語法はあくまでもクラシックのものである。やっぱり違うのだ。


 とは言っても、別々に聴けば、それぞれのよさが引き立ってくる。後半のピアノ、ベース、ドラムの「マサちゃんズ」
のジャズはとても楽しめたし、オケだけの「パリのアメリカ人」も美しかった。また、前半の「ディズニーのメロディによる管弦楽入門」は、
おなじみのメロディにのせて、オケの各パートの楽器を紹介する趣向だ。とても聴きやすく、楽しめる曲である。たまには、
こういう親しみやすいコンサートも良いものだ。客席は空席が目立ったけど、終演後の拍手はとても盛り上がった。


 


 


 


 


 

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2005年04月19日

スクロヴァチェフスキ&読響

 2005年度の読響定期のスタートは、4月18日のサントリーホール、指揮者には人気上昇中のスクロヴァチェフスキの登場である。
今年度の定期でスクロヴァが振るのは、この4月だけではない。冠指揮者でもないのに、
12月の定期にも登場するというのはオケの定期としては異例だろうと思う。
曲目はベートーヴェンの交響曲第1番とブルックナーの交響曲第7番というもの。


 さて、ワタシ的には、最初のベートーヴェンが良かった。単に「良かった」というレベルを超えて、
素晴らしかったと言うべきかも知れない。ベートーヴェンの交響曲第1番と言うと、なんとなく「まだ習作」というイメージがあって、
演奏スタイルによってはモーツァルトやハイドン的な響きに聞こえることがある。でも、スクロヴァチェフスキの演奏はぜんぜん違う。
この曲に込められているベートーヴェンの強烈な個性が開花し、強靭な意志を感じさせる演奏である。颯爽としたスピード感、
明確なアーティキュレーション、・・・目からうろこの演奏である。この曲が一夜のコンサートとなると「前座」
みたいな位置づけで演奏されることがほとんどだと思うけど、こんな演奏だったら十分にメイン・ディッシュになりうることを認識させられた。


 しかし、ブルックナーは少々期待はずれに終わってしまった。読響の名誉のために最初に書いておくけど、これはオケの責任ではない。
ベートーヴェンの演奏を含めて、読響は緊張感の高い演奏を聞かせてくれたし、若干のアンサンブルの乱れがあったとしても、
それはライヴであれば避けられないわずかな乱れでしかなかった。しかし、スクロヴァの指揮する演奏スタイルだと、
そのわずかなアンサンブルや音色の不統一が必要以上に強調されて聞こえてしまうのである。音楽も、いささか分析的に過ぎる感じで、
音楽の流れに安心して身を浸すことが出来なかったのも残念。このあたりは演奏の良し悪しと言うよりも好みの問題だろう。
ワタシ的にはブルックナーのようなロマン派よりも、ベートーヴェンやモーツァルトみたいな古典の方を聴いてみたいと思う。

posted by のら at 03:04| Comment(0) | orchestra

2005年04月23日

飯守泰次郎&東京都交響楽団

 都響の新シーズンは、4月22日のサントリーホールBシリーズ。久しぶりにコストがかかる企画(^_^;)と言う感じで、
ワーグナーの「リング」抜粋。指揮者はシティフィルでの「リング」やワーグナーのオペラで評価の高い飯守泰次郎の登場である。
当日のチケット売り場はソールドアウトになって、キャンセル待ちの列が並んでいた。



  • 曲目 〔ワーグナー:楽劇『ニーベルングの指環』抄〕

  • 楽劇『ラインの黄金』 前奏〜ラインの乙女たちと黄金強奪

  • 楽劇『ワルキューレ』 ワルキューレの騎行〜ヴォータンの告別と魔の炎の音楽

  • 楽劇『ジークフリート』 愛のニ重唱

  • 楽劇『神々の黄昏』 夜明けとジークフリートのラインの旅/ジークフリートの死と葬送音楽/
    ブリュンヒルデの自己犠牲と終曲



    歌手:緑川まり(ブリュンヒルデ)、成田勝美(ジークフリート)、長谷川顯(ヴォータン)、島村武男(アルベリッヒ)、平井香織、
    田中三佐代、大林智子(ラインの乙女) 


 都響はかつて若杉時代にリングの抜粋演奏を定期演奏会で行ったのをはじめ、サントリーホールでのワーグナー全オペラ作品の抜粋演奏、
二期会の「神々の黄昏」、インバルとの「ワルキューレ」全幕演奏などを行っている。その意味で都響は、
ワーグナー演奏には長けているオケである。しかし飯守とのワーグナーは、若杉やインバルのそれとは大きく違う。飯守のワーグナーは、
とても大らかでいて、音楽の流れがとても自然だ。その一方で、音楽に張り詰める緊迫感は若干薄く感じられると同時に、
オケを盛大に煽る一方で、ピアニッシモを使うことが少ないために、意外とダイナミックレンジが狭く感じられる。ただ、ふつーは、
このような飯守のワーグナーのほうがスケール感があって、好まれるだろうと思うし、私も嫌いじゃない。オケは、「ラインの黄金」
冒頭のホルンが不安定だったほかは大健闘。都響特有の硬質な弦楽器を基調に、テンションの高い演奏を聞かせてくれた。


 歌手では、何と言っても緑川まりの存在感がすごかった。声量は申し分なく、オケの音のカーテンを突き抜けて聞こえてくる。
成田勝美も緑川に負けぬレベルだったが、惜しむらくは両者とも絶叫調になってしまったことか。
このあたりは指揮者がオケの音量を上手にコントロールして欲しかった。ヴォータンの長谷川顕は、やや音程的に不安定さを感じたのと、
声そのものがヴォータンと言うよりも巨人族のような感じだ。島村武男は、この役柄では他に追随する歌手はなし。素晴らしかった。
ラインの乙女たちも十二分の出来栄え。


 カーテンコールは大いに盛り上がって、満員のホールはブラボーの声に包まれる。21:15までの長いコンサートだったが、
時間の長さを感じさせない一夜だった。

posted by のら at 00:24| Comment(0) | orchestra

2005年04月27日

奄美から沖縄へ

 怒涛の4月も終わりに近づき、いよいよGW。私は明日から旅に出る、・・・・・という時に限って、
持って行くはずだったモバイルコンピュータが壊れた。起動しない。不吉だ(^_^;)。

posted by のら at 22:02| Comment(5) | Trip-Amami

2005年04月29日

徳之島にて(第2日目)



なぜか昨夜も眠れなかった。
8
時に朝食を食べて、近所を散歩し、スーパーマーケットのAコープに行ってみる。大型店らしく品揃えに不足はなく、
普通の生活をする分にはまったく問題はないだろう。ただし、離島らしく牛乳などはで高めだし、競合店が少ないためだろうか、
特売品などの値段は総じて首都圏のほうが安いかもしれない。闘牛観戦に備えてお茶とコーヒーを買って宿に戻り、
9
時半過ぎに畑仕事から戻ってきたご主人の軽ワゴンに乗せられて会場となる伊藤観光ドームに向かった。闘牛場の伊藤観光ドームは、
宿泊している亀津の近くだが、市街地を離れて畑の中を少し走った場所にある。もし自分で行くとなると、
タクシーを使わないと難しいかもしれない。会場に近づくと車がたくさん停まっていて、舗装されていない道を歩いてドームに向かう。
もうたくさんの人が集まってきている。ヤンキー風の兄ちゃんが多いけど、若い女の子も少なくない。観光客はごく少なく、
これはまぎれもなく地元の娯楽なのである。入場料
2,500
円を払って中に入ると、たぶん
1,000
人以上は収容できるであろう大型の闘牛場を目の当たりにする。会場はドーム型の天井が備えられ、その天窓から太陽が差し込む。
中は少々暗いので
ISO800
程度に増感する必要があるので、写真を撮るなら島内の他の場所にある屋外型の闘牛場のほうが良いと思うけど、
この
GW
は天候が崩れるとの予報もある。そんな場合はこの伊藤観光ドームのほうが良いのであろう。



 




この日の闘牛は、地元の野球チームの結成を記念した大会で、全部で9つの試合が組まれていた。
試合開始は午前
10
時。どの牛が人気の牛なのかぜんぜんわからないのだが、地元紙の南海日日新聞では
GW
中の試合が見開き2面で特集され、見どころなどが詳細に書かれている。角の形による有利不利や、牛それぞれに得意技があるらしいのだが、
私にはさっぱりわからない。さて、牛が闘牛場に入ってくる。最初は軽量級の取り組みだが、最前列に座った私にはもの凄い迫力だ。
牛はすでに興奮していて、前足で地面をかきあげ、いなないている。その泣き声は「ぶおぉー」という感じでドーム型の天井に跳ね返ってくる。
その印象は、映画「ジュラシック・パーク」の中で搭乗する恐竜の鳴き声のようだ。



 




さて、真偽のほどはわからないが、地元の人に聞いた話ではこの闘牛は賭け事の対象にもなっていて、それが余計に人々を熱狂させるらしい。
とにかく試合は白熱する。勝負が決まりそうになると、ホールを怒号が包み込み、牛を鼓舞するための「アイヤっ、アイヤっ」の掛け声が響く。
片方の牛が戦意をなくし、逃げ出すと勝負が決する。勝者の牛の持ち主の一族は太鼓を鳴らしながら「ワイド、ワイド(オレの牛だの意味)」
の掛け声で踊りだす。



 




この日は、長い勝負で
20
分位、短い勝負だと
1
分以内で勝負が決した。最初から戦意を失っていて角を合わせる前から逃げ出す牛もいるし、最初から戦意むき出しの牛もいる。
重量級の勝負ほど、試合時間が短くなる傾向があるみたいで、最後の横綱戦も一方的に勝負が決してしまった。
角で相手の牛を持ち上げたときなどは凄い迫力で、その時に土俵の中にいたひとりが大怪我をしたらしい。




終わってみたら時間は
12
20
分。闘牛場の外に出ると、宿のご主人が迎えに来てくれていた。途中、サイレンを鳴らした救急車とすれ違う。こういうアクシデントもあるのだ。
闘牛に携わるのも命がけである。



 




午後は、近所の店で味噌ラーメン(
\500
)を食べて、宿に戻ってゆっくり。そして午後
2
時半過ぎに、宿のご主人が車で島を案内してくれた。車で宿を出発する頃になって、天気予報の通り雨が降ってきた。まずは相撲の力士・
朝潮生誕の地の銅像に行き、その後は降ったり止んだりの天気の中、畦プリンスビーチ、金見荘前の海岸、ムシロ瀬、寝姿山、運動公園、
平土野の港、闘牛サミットの会場となる伊仙闘牛場などを見て周った。きっと晴れていれば海岸は素晴らしく美しいに違いないが、
この徳之島の風景は、沖縄的な雰囲気はあまり感じない。それだけではなく奄美、加計呂麻、請島、与路島でよく見かけるデイゴの木や、
集落の中心にある土俵もない。奄美群島の中では、もっとも本土の雰囲気に近い島なのかもしれない。



 




途中、よく見かけたのは、病院や特別養護老人ホームなどの福祉施設である。さらに運動公園や公共施設も新しい建物が整備されていて、
ハードウェアの面ではとても恵まれていると感じた。ソフト面ではどうなのかわからないが、他の離島と比べると住みやすい島なのかもしれない。




徳之島は意外と大きな島である。島を一周して宿に戻ると午後
6
時。ちょうど夕食の時間だった。


 

posted by のら at 23:27| Comment(0) | Trip-Amami

奄美から徳之島へ(第一日目)



 朝、いつもの出勤の時間に合わせていつものようにラジオが鳴り始める。起きてカーテンを開けると快晴の天気。
奄美行きの飛行機の時間を考えると、いつもの出勤時刻に家を出れば間に合うはずだけど、今日は世間的にはウィークデイ。
満員電車の中に大きなボストンバックを持ち込むのは憂鬱だが、羽田空港までガマンだ。でも、それ以上に憂鬱だったのが、
朝からめまいがすること。単なる睡眠不足かと思っていたんだけど、ちょっと違う感覚。平衡感覚がとれない。
軽い脳溢血でも起こしたのかと思って一瞬マジで心配になったが、とりあえず空港まで行くことにした。




 玄関を出ると日差しが強く、初夏を思わせる気候だ。歩いているうちにめまいのことは気にならなくなって、
体調面では単なる杞憂に過ぎなかったが、昨日は急に持って行こうと思っていた
LOOX
が壊れるし、ちょっと不吉だ。



 




 羽田空港には
8
20
分に到着。搭乗手続きや手荷物を預けていたら、思っていたより時間が切迫していて、
90
番のゲートに行ってみるとすでに搭乗が始まっていた。奄美行きの飛行機は、まだボーディングブリッジではなく、
バスで飛行機のタラップまで送迎される。羽田空港の中では、ローカル路線の扱いだ。飛行機は、
羽田空港の中でもひときわ小さい
MD-81
。客席は左
2
列、右
3
列で、通路は中央に一本あるだけだ。




 滑走路の順番待ちで離陸は遅れたけど、空では揺れることも少なく、約
1
時間半後には高度を下げ始めて窓から喜界島が見えてきた。いよいよ奄美大島だ。昨年7〜
8
月に訪れて以来の奄美空港には定刻の
11
15
分に着陸。飛行機から降りて、ボーディングブリッジを歩いていくと、南国の暑さを感じる。気温は東京とそれほど差はないはずなんだけど、
ジワッと来るまとわりつくような暑さは亜熱帯の空気感だ。




 とりあえず預けていた荷物を受け取ってから、午後の徳之島行きの搭乗手続きをして、再び手荷物を預ける。
午後の飛行機の時間まで約
2
時間、その間を空港近くの奄美パークで過ごすことにした。空港からバスに乗って
5
分で奄美パークに到着
(¥200)



 




 奄美パークでは、まず
2
階のレストラン「阿麻弥姑(あまみこ)」で阿麻弥姑御膳
(¥1,600)
を注文して、久しぶりの鶏飯の味を楽しんだ。そして奄美パークの展示を見てから、田中一村記念美術館
(¥200)
に入る。この美術館に入るのは
3
回目だけど、生命感への憧れにあふれ、日本画の技法を駆使した明快なわかりやすい構図の絵は、やっぱりいい。奄美に来たら、
田中一村記念美術館に、一度は寄るべきだ。




 奄美パークでの時間は過ぎて、
13
22
分の空港行きのバスに乗る。奄美空港に戻ると、修学旅行と思しき制服姿の学生がたくさんいる。
2
階の搭乗口には三線を持ったオジサンと大島紬の歌い手が花を配っている。これから大阪に帰る修学旅行の学生を見送りする趣向らしい。
私にも花をと奨められたけど、これから徳之島に渡る身として辞退した。



 




 さて、奄美から徳之島に渡る飛行機は一段と小さい。スウェーデン製の
36
人乗りプロペラ機
SAAB340B
である。空港の待合室から飛行機までは歩いて行く。
すれ違うことが出来ない狭いタラップを登ると客席は左
1
列、右
2
列。操縦士が
1
名と乗務員が
1
名、そして乗客は
20
人前後だった。プロペラ機に乗ったのは初めてだけど、乗り心地はジェット機とはちょっと違う。エンジンの振動音の伝わり方は、
自動車のそれに近い。思っていたよりも煩くはなかったし、大気の状態も安定していたためか、徳之島までの行程でもほとんど揺れはなく、
14
20
分離陸の
SAAB340B
は定刻より早い
14
50
分ごろに徳之島空港に着陸した。



 




 空港を出て、外で待っていた路線バスに乗り込む。「発車は、鹿児島からの便が到着してから」とのことで、しばらく運転手と雑談する。
すぐ目の前の寝姿山のこと、闘牛のこと、町の合併のこと、最近出来たホテルのことなど、いろいろと話を聞いた。
このように南の島の一番の魅力は、島人の人懐こさだ。その運転手さんは、最近出来たホテルを盛んに薦めていたけど、
私は島に来たときはなるべく民宿や小さな旅館に泊まるようにしている。その土地のことを知るには、その土地の人柄に触れるのが一番だ。
それには民宿や旅館が最も適している。この徳之島の宿の情報はインターネット上で調べても、ほとんど情報がなかったけど、今回は亀津にある
「日の出旅館」に泊まることにした。空港から亀津に向かうバスの運転はかなりのスピードで、先行の軽自動車などを次々と追い越していく。
そして亀津の市街地に入り、「そこを右に曲がると日の出旅館だよ」と言われたところでバスを降りた。
午後
4
時に近づき、陽も大きく傾いている。運転手の行ったとおり、通りを渡って右に曲がったところに「日の出旅館」の看板を見つけた。



 




 日の出旅館の扉を開けると宿のご主人、おかみさんが出迎えてくれた。部屋は、1階奥の百合の間に案内してくれた。
建物は少々古さを感じさせるが、家庭的な雰囲気で、部屋の手入れも行き届いている。部屋に入ると、急に眠くなってきた。
眠れなかった昨晩のツケがまわってきたようだ。しばらくゆっくりして時計を見たら午後5時半。宿の周りをちょっと散歩したら、
町役場近くの公園でメーデーの集会をやっていた。




宿のもどると夕食の準備が出来ていた。私のほかは一人しか泊まっていないみたい。メニューはとんかつ、カレイのフライ、
カレーライスというボリュームたっぷり。このメニューを見ると、建設関係で働く人がとまることが多いのかと思ってしまったのだが、
実際はいかに。缶ビールを飲みながら、宿のおかみさんと話をしていると、カメラの話、写真の話になった。なんでも宿のおかみさんは、
写真を始めて一年とのことで、島の名所の話が弾んでいるうちに、ちょうど泊まっている人も少ないので明日は車で案内してくれることになった。
やはり泊まるなら、地元の小さな宿に限る。

posted by のら at 23:29| Comment(0) | Trip-Amami

2005年04月30日

徳之島から沖永良部へ(第3日目)



 今日は徳之島を離れる日である。朝、起きると天気は曇りで、昨夜の洗濯物は乾いていない。湿度が相当高いのだろう。
午前
9
時前に宿のご主人に車で港まで送ってもらい、別れを告げる。



 




 この日のフェリーは大島海運の「なみのうえ」である。約
15
分遅れで入港した「なみのうえ」は
7,000
トン近い大型フェリーで、接岸した船を港から見上げると
5
6
階建ての建物のようである。フェリーからはたくさんの乗客が降りてくる。目立つのは鹿児島の高校に通っていると思われる制服姿の高校生。
おそらく徳之島の両親の元を離れて鹿児島の高校に通い、この
GW
の期間、島に帰ってくるのだろう。島に残っていた旧友たちが出迎え、久々の再会に歓声が上がる。



 




 この間に天候はさらに崩れ、いよいよ雨が降り出してきた。いそいでフェリーに乗り込み「和泊行きは上です」の指示のとおり、客室に入る。
出港までさらに
20
分近くかかり、午前
10
20
分ごろに徳之島の亀徳港を出港した。船上から眺める徳之島は、雨で煙っていた。



 




 さて、このフェリーは鹿児島から沖縄までの航路を走っている。長時間の船旅に備えたレストランや売店、自動販売機だけでなく、
申し訳程度だがゲームセンターも備えている。大型船だけに波の影響は受けにくくなっているが、わずかばかりのエンジン音に加えて、
独特の長周期のゆれがある。この長周期のゆれは歩いているとふらふらして船酔いしそうな感じだったが、
30
分も過ぎると慣れてきて気にならなくなってきた。波はほとんどなく、静かな航海である。空模様は薄日が差しはじめ、
カーテンを開けた船の窓から陽の光が差し込んでくる。そして出港して
1
時間近く立つと、遠くに沖永良部島の島影が見えてきた。



 




 時間とともに霞んでいた島影は鮮明になり、デッキに出てくる人も増えてくる。
12
15
分、予定よりも
45
分も遅れて和泊港に入港した。船から外に出ると夏の日差しがまぶしく、暑い。徳之島を出港した時には雨が降っていたのに、
この天気の変わりようは何だろう。何となく沖縄指数が一気にあがった感じがする。久しぶりの再会を喜び合う人たちの合間を縫って、
タクシー乗り場に行くと「民宿はまゆう荘」とかかれたワゴン車が迎えに来てくれていた。




 民宿はまゆう荘は、港から程近い場所にある民宿だ。市街地からは歩いて7〜8分の場所にあるんだけど、
隣に酒屋で日用雑貨も売っているので便利である。宿に入って、
2
階のハイビスカスの間に案内される。
2
面採光の明るい
6
畳の和室で、手作り感が漂うが、南の島の民宿の中ではきれいなほうだろう。窓から今乗ってきたフェリーが見える。
まわりは工事をしていたり倉庫だったりするので風光明媚とはいえないが、とても見晴らしは良い。



 




 とりあえず部屋で休んでから、昼食を食べに出かけることにした。宿の玄関を出るところで、宿のご主人に「このあたりでオススメのお店、
ありますか?」と聞いたところ、しばらく考えて「ダイトウローチかな。そこの信号をすぐ左に曲がったところ」と教えてくれた。
「ダイトウロウチ・・ですか?」と聞き返してから玄関を出る。しかし信号らしきものは見えない。島なんだから、
しばらく歩いていれば見つかるだろうと思っていたのだが見つからず、とりあえず港の行った上で改めて探して、結局、
見つかったのは
30
分後。店の看板は「大東ランチ」だった。カーテンが閉まった店内に入ったら、「今日はもうお終い」の一言だった。仕方なく、商店街に入り、
スーパーやパン屋で買い物、文房具店で封筒を買い、洋品店で切手を買って宿に戻る。クーラーの効いた宿で遅めの昼食。
紫イモのパンは焼きたてで美味しかった。



 




 そして、宿のご主人に、明日以降の予定を兼ねて、観光タクシーのことを聞いてみる。
やっぱり一日借りきると
15,000
円くらいかかるらしい。明日の天気の予報の「曇りまたは雨」という予報が心配だったが、オススメの運転手さんを紹介してもらうことにして、
明日は
10
時の出発ということに。タクシーで周ると一日で見て周ってしまうので、宿泊日程を一日短縮することになった。
午後
6
時過ぎに夕食。私のほかには夕食をとる客はない。
GW
だというのに、この空きようは何だろう。不思議だ。

posted by のら at 22:38| Comment(0) | Trip-Amami